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ホーカン・ハーデンベルガー リサイタル(2018/4/13)

ホーカン・ハーデンベルガー トランペット・リサイタル

2018年4月13日(金) 19時 ヤマハホール(銀座)


ホーカン・ハーデンベルガー(トランペット) イム・スヨン(ピアノ)



H.ハーデンベルガーのソロリサイタルが銀座のヤマハホールにて開催されました。


近年では、ベルリンフィルをはじめとするトップオーケストラとの大きな新作トランペット協奏曲の初演が個人的には印象的ですが、今回のプログラムは、トランペット奏者にとっては重要なレパートリーとなっている真っ向勝負の小品ばかり。それらを、現代の巨匠のひとりが、333席という小規模のホールで、目の前で演奏するという、贅沢な空間と時間。

当日の会場は、プロトランペット奏者、学生、楽器製作者、マウスピース製作者、楽器店関係者、音楽雑誌関係者と、当然のごとくトランペットファンで満席。(ちなみにプロオーケストラ首席奏者だけでも6名はお見かけしました。)


私にとってのハーデンベルガーは、まさにトランペットソリストのヒーロー。初めて彼を知ったのは、中学か高校生の時に手にしたCDでした。どちらだったかは定かではありませんが、現代無伴奏ソロ曲集”Emotion”か、”The Virtuoso Trumpet”と題された小品集(今回のプログラムの多くが収められている)。いずれにしても、大きな衝撃を受けた事は間違いありません。それを入り口として、バロックのレパートリーをはじめ彼を強く物語る数々の近現代作品のレパートリーまで、たくさんのCDを聴き、来日した際にはコンサートに行き(2006年の紀尾井シンフォニエッタとのプラネル、武満の≪径≫)、東京でのマスタークラスにももちろん行きました。その後、マスタークラスのDVD(現在はダウンロード版のみ)を見つけては何度も観返し、彼がピエール・ティボーとトーマス・スティーヴンスに学んできた経緯などが語られたITG(国際トランペット協会)のインタビュー記事を読み、ドキュメンタリー映像を観たり、Horn Hangoutsのインタビュー(その1)(その2)やライブ配信されたマスタークラスを観たり、そしてわが師のトニー(アンソニー・プログ先生)とは会うたびにハーデンベルガーの話を聞きました(トニーもスティーヴンスに学んだ)。一言で言えば、ヒーローなのです。

今回のプログラムの多くが収録されたCD “The Virtuoso Trumpet”

笑顔でステージに登場したハーデンベルガー。お辞儀をすると、ごく自然に、呼吸をするかのように演奏が始まりました。A.オネゲル《イントラーダ》。世界でもっとも権威あるコンクールのひとつとされるジュネーヴ国際コンクールの課題曲として書かれた、現代のトランペット奏者にはお馴染みの小品のひとつ。華々しいオープニングは、広い音域と音の跳躍を含み技術的には非常に難しい。しばしば国内コンクール、国際コンクール、オーケストラオーディション等で課題曲として使用されている曲です。CDで聴いていたイントラーダとは異なる、落ち着き抑制された、しかしながら実に充実した音で演奏された冒頭でした。中間部の快速なセクションは、やはりハーデンベルガーらしい、クリアで、艶のあるタンギングが印象的。今思えば、そこにはすでに、このコンサートを聴き終えた時に充満していた、音楽の喜びがありました。技術的な高難度を優に超えて、現在の熟練した彼のイントラ―ダが、我々に語り始めていたのです。


ほとんど間を置くことなく、続いてG.エネスク《伝説》が演奏されました。こちらは、かつてパリ高等音楽院の試験曲として書かれた、そして現在は重要なレパートリーとなっている一曲。非常に繊細な側面からダイナミックな側面、色彩の幅広さ、技術的高難度、ピアノとのアンサンブルの難しさなど、あらゆる側面で高い音楽性と技術とが要求される曲です。最初のC音の豊かさから、やられてしまいました…。こちらも、CDで聴いていた(私の知る限りではこの曲を彼は2度録音しており、2パターン聴くことができる。)のとは印象の異なる演奏。冒頭部の繊細かつ深い旋律の表現(と空気を一変するpp!)、中間部の空気の動きが見えるかのような流れの中にあるタンギング、圧倒的なエネルギーを感じさせるffのハイC、それに続く強いエネルギーと攻撃性さえ感じさせるセクション、そして最後の消えゆくミュートのセクション(今回は木製かそれに準する素材のストレートミュートを使っていたように見えました)。彼の熟練、ピアニストとの化学反応、そしてその時のその空間での創造性が生んだのであろう、あの瞬間の彼の《伝説》を我々は共有しました。

エネスク《伝説》が収録されたCD。時を異にして2度録音されています。

ヒンデミットやハンセン等の王道に、リゲティも収録された盤 “Mysteries of the Macabre”


こちらはショスタコーヴィッチのピアノ協奏曲第1番とのカップリング盤(ピアノはアンスネス)

続いてJ.フランセ《トランペットとピアノのためのソナチネ》。これもまた、国内外コンクールや国際コンクールで課題として使用される重要レパートリー。この曲も、私が初めて知ったのはハーデンベルガーのCDで聴いた時で、そしてそれから大好きな曲の一つとなり、彼の演奏が強いイメージとして私の中にはあります。第1楽章は、CDで聴いていたあの演奏が目の前にある、私にはそんな印象でした。ハーデンベルガーのあのタンギング!というような…余裕を持って軽快に、あっという間に過ぎ去っていきました。カップミュートをつけて演奏される第2楽章。歌と、半音階や跳躍、アルペジオといった基礎練習のようなものとが同居する、面白い楽章。歌にはやはりCDより深みを感じました。2楽章終わりにはとても難しいカデンツァがあり、途中にはハイDを単発で鳴らす部分があります。トランペット奏者にとっては非常にリスクが高く、怖く、緊張する瞬間ですが、そのハイDが、本当に何気なく簡単に、完璧に決められたことには驚きました。リサイタルを聴き終えても、このリサイタル全体の中で最も気楽に出された音のようにさえ感じました。同じ印象と驚きを持たれた方は私だけではないかもしれません。続く軽快な第3楽章は、初めの方はあまりにその前のハイDの驚きが強く、あまり覚えていません(笑)が、快活にクリアに演奏され見事に曲が締めくくられました。


前半の最後は、A.ティスネ《紋章》。この曲も彼のCDで何度も聴いた曲ですが、個人的には、ハーデンベルガーの持ち味が存分に発揮されるのはやはりこういう曲だと感じるものでした。最初のローCから、実に豊かな音でした。雄弁で陰影のある長い単音、フラッターはもちろんベンディングも多用される特殊効果、ミュートで速いタンギングの連続、躍動感と激しさ…この作品の描く世界観が強烈なまでに示された演奏でした。感動的でした。

後半の一曲目は、武満徹《径》。武満徹が残した、無伴奏トランペットのための作品。ハーマンミュートとオープンとで頻繁に交互に対話するかのように奏されていく。今ではこの作品の演奏の際には定着した方法かと思われますが、譜面台に取り付けたワイヤーでミュートを固定し、ミュート時にはそこに楽器のベルを当て、オープン時にはその脇で吹くという、途切れなくミュートとオープンを行き来できる方法。演奏は素晴らしく、これもCD録音されたものとは一味違う空気感をまとっていました。ひとつの山である、ハイCisを長く伸ばしながらffからppへと絞っていく部分でのコントロールは特筆に値するものでした。そしてこの作品の独特の空気感と世界観、そして日本的な曖昧さの見事に表現された、素晴らしい演奏でした。演奏が終わりお辞儀をした後、譜面を手にしてちらっと表紙を客席に見せる仕草。彼自身が世界初演をしたこの作品を、今も大切にしている心が垣間見えたような瞬間でした。

《径》が収録されたCD “Emotion”。現代無伴奏ソロ作品のみのアルバム。初めて聴いた時は衝撃的でした。

続いて西村朗《ヘイロウス(光輪)》。この曲は、今回のプログラムの中で私は唯一彼の演奏では聴いたことがない作品でした。ピアノの弦への反響を利用するなどしながらの、抽象的な雰囲気をもつ作品。しかしながら、確固たる歌がそこにはありました。


リサイタルも終盤に差し掛かかり、終わりから二曲目は、M.ビッチュ《ドメニコ・スカルラッティの主題による4つの変奏曲》。楽器は何を使うのかなぁと思っていましたが、期待通りコルネットを手にして登場。非常にテクニカルでありかつ中間部では歌を聴かせる、とても聴き映えのする曲。リリカルな中間部は、光と影と希望と憂いと強さと甘さと、実に情感に富んだ、素晴らしいものでした。テクニカルな部分については率直に言えば、この曲はややピアノとのアンサンブルが不安定な感が否めませんでした。おそらくハーデンベルガーはもう少し速いテンポで吹きたかったのだろうと私は感じましたが…。

ビッチュが入っているCD。コルネットも含め、ピアノとの小品集“At the Beach”

ラストは、J.B.アーバン《ベッリーニの歌劇「ノルマ」の主題による変奏曲》。こちらもコルネットで演奏されました。アーバンの有名な変奏曲の中のひとつであり、コルネットの伝統や彼の出身であるパリ音楽院の伝統からすれば、非常に重要なレパートリーのひとつと言えるでしょう。「ノルマ」の美しいテーマを用いたものです。テーマは美しく、フレーズの長くも同時に抑揚に富んだ演奏。そしてヴァリエーションは、テンポを柔軟にとった見事なものでした。

ハーデンベルガーの大きな音楽に終始圧倒されたリサイタルでした。彼もまた、たまたまトランペットを手にしている、偉大な音楽家なのだと、会場の多くの聴衆が感じたのではないでしょうか。トランペットを上手く演奏する人、というのとは次元の異なる…。


ティボーとスティーヴンスという、所謂「厳しい」ことでも知られる名教師のもとで学んだハーデンベルガー。その不屈の意志の強さは、彼のパイオニアとしてのキャリアを牽引してきたと同時に、その音楽の大きさに強く表れていたように感じます。


また、特にティボーのもとではスタンプやカルーソー他のメソードをも学び、トランペットという楽器を扱う上でシステマティックな視点と深い洞察を持つだろう彼の演奏は、それによる確かな基礎技術に支えられた音楽であることも間違いではないでしょう。しかしながら、それはひとたび演奏に接すれば、決して前面に感じられることはありません。いつも前面(そして全面)には溢れる音楽そのものが語られているのでした。


リサイタルが終わった瞬間に私が感じたことは、音楽と、トランペットと、作品への愛に溢れていた、ということです。その余韻は今もまだ私の心に残っています。


(2018年4月17日記)

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